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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)3750号 判決

住所〈省略〉

控訴人

右訴訟代理人弁護士

久米川良子

國久眞一

東京都千代田区〈以下省略〉

被控訴人

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

浦野正幸

堀弘二

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、二一〇〇万円及びこれに対する平成六年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三億〇九六一万五九六八円及びこれに対する平成六年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要等

本件事案の骨子、争いのない事実等、当事者の主張及び争点は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六頁六行目の「逐行」を「追行」と、同七頁一行目の「五〇条一条一項」を「五〇条一項一号」と各改める。)。

第三当裁判所の判断

一  右引用した原判決記載中の争いのない事実等(原判決別紙取引記録の記載を含む。)及び証拠(甲一ないし四、六、七の1、2、一〇、一四、乙一ないし二七、二八の1ないし8、二九、三〇の1ないし3、三一ないし三九、四〇ないし四三の各1、2、四四ないし五二、五六、五七の1ないし4、六五、六六、原審証人B、控訴人本人(原審及び当審))並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  控訴人は、昭和三四年○月○日生まれで、a高等学校普通科を卒業し、知人の紹介で染晒工場や自動車販売店に勤務した後、所有土地の賃貸収入及び米作農業収入並びに自営する中古自動車販売業によって生計を立てているが、平成元年四月、中古自動車販売業等を営む有限会社bを設立して、同会社の代表取締役となった。

控訴人の通常の年収としては、土地の賃貸による年収が約一二〇〇万円、中古自動車販売業等による年収が約五〇〇万円、米作農業収入が約三〇万円程度であった。

2  控訴人は、平成元年ころ、その所有していた土地が関西国際空港へのアクセス道路として用地買収されて、買収代金約二億六〇〇〇万円を取得するに至った。そこで、控訴人は、右買収代金のうち約一億五〇〇〇万円については、代替資産の取得による課税の特例を受けるための代替土地の購入に費消したが、残りの約一億一〇〇〇万円については、適当な代替土地が見つかるまでの積もりで定期預金として保有していた。なお、控訴人は、平成元年当時、右買収代金の残金のほか、賃貸土地の賃借人から預かった保証金五〇〇〇万円を有していた。

3  一方、右の当時、被控訴人岸和田支店の営業課員であったBは、所有土地を関西国際空港へのアクセス道路として用地買収されて多額の買収代金を取得した地主などを中心に、新規に株式投資をする顧客を開拓していたものであるが、平成元年一一月ころ、控訴人を訪問して株式投資を勧誘し、その後も度々訪問して当時の株式市場の動向などを説明しながら株式投資の勧誘を続けたところ、控訴人も株式投資に関心を示すようになり、控訴人は、平成元年一二月一三日、投資信託「ステップ」を二〇〇万円で購入して、被控訴人との取引口座を開設するに至った。なお、控訴人は、それまで証券取引の経験をまったく有しなかった。

4  控訴人は、その後、Bに勧誘されて、頻繁に株式や転換社債の購入及び株式の信用取引などの媒介を被控訴人に依頼した(取引の具体的内容は原判決別紙取引記録記載のとおり。ただし番号42の受取金額欄に「11,187,967」を加える。)が、とくに、平成二年三月八日から同年七月末日までの間、控訴人が現物取引による取引のために支払った金額は多額に達しており、また、信用取引による取引金額も多額なものであるが、その具体的状況は次のとおり(ただし、売買金額には手数料を含めていない。)である。

(一) 控訴人は、平成二年三月八日、母親の名義により、ライフストアの公募株五〇〇〇株(本件証券一)を九六五万円で購入し、前日の三月七日、その代金を被控訴人に支払った。

右購入に際して、Bは、控訴人に対し、ライフストアの公募株は新株の発行で、被控訴人岸和田支店として確保している分が五〇〇〇株残っていること、ライフストアの株価は間違いなく値上がりし、銀行等の定期預金の金利などよりずっと有利であることなどを述べ、また、それまでの株価の推移を示すチャートブックなどを示すなどして、その購入を勧誘した。

(二) 控訴人は、ライフストアの公募株を購入した翌日の平成二年三月九日、阪急電鉄の転換社債三〇〇〇万円分(本件証券二)を購入し、三月一二日、その代金を被控訴人に支払った。

右購入に際して、Bは、控訴人に対し、転換社債は、よく値上がりするうえ、仮に値下がりしても一〇年経てば元の金額が返ってくるので安全であること、被控訴人岸和田支店の割当分としてとして三〇〇〇万円分が残っていることなどを資料を示しながら説明して、その購入を勧誘した。

(三) 控訴人は、平成二年五月二三日、大日本スクリーン株三万株(本件証券三、四。購入合計額は五四三〇万円)を信用取引により購入し、五月二四日、信用取引の保証金五五〇万円を被控訴人に支払った。

右購入当時、既に購入していたライフストアの公募株及び阪急電鉄転換社債が値下がりして控訴人に損失が生じていたため、Bは、控訴人に対し、保有している証券を担保にして信用取引をすれば、購入価格の一割の現金で大きな取引ができること、信用取引では六か月以内に決済する必要があることなどを説明したうえ、信用取引によれば損を取り戻すチャンスとなる旨を述べて、信用取引をすることを勧誘した。なお、前回の取引から約二か月以上の間隔が空いているのは、控訴人が、五月五日に結婚し、五月一九日まで新婚旅行に行っていたためである。

(四) 控訴人は、平成二年六月二日から六月二五日までの間、原判決別紙取引記録5ないし7及び9ないし14記載のとおり信用取引による株式(本件証券五ないし七及び九ないし一四)の購入を行い、その購入合計額は一億六六五二万円に達した。

なお、これらの信用取引による株式の購入に際して、その銘柄を選定するについては、Bの勧誘によるところが大きかったが、控訴人も、このころから、自己の保有している証券の価格の動向を知るために日本経済新聞を購読するようになり、Bの勧誘に対しても自己の見解を述べるようになった。

(五) 控訴人は、平成二年六月二五日、大東建託株四〇〇〇株(本件証券一五、一六)を現物取引により五七二〇万円で購入し、右代金及び信用取引の保証金として、六月二六日に六〇〇〇万円を、六月二八日に一二八〇万円をそれぞれ被控訴人に支払った。

(六) 控訴人は、平成二年六月二七日から七月六日までの間、原判決別紙取引記録17ないし31記載のとおり信用取引による株式(本件証券一七ないし二〇、二三ないし二六、二八ないし三〇)の購入や、現物取引による株式等(本件証券二一、二二、二七、三一)の購入を行い、その購入合計額は、信用取引分が二億一六四七万円に、現物取引分が一億一二七八万円に達した(なお、原判決別紙取引記録31の建約定金額欄の二一万二〇〇〇円は二一二万円の誤記であると認める。)。現物取引分の購入代金の支払いについては、大東建託株四万株(本件証券一五、一六)の売却代金五九八〇万円や、右現物取引により購入したスター精密株一四〇〇〇株(本件証券二一、二二)の売却代金六五一〇万円が充てられたほか、控訴人は、七月五日、九六〇万円を被控訴人に支払った。

(七) 控訴人は、平成二年七月一〇日、セガ・エンタープライゼス株二〇〇〇株(本件証券三二、三三)を一八五九万円で、新川株四〇〇〇株(本件証券三四ないし三六)を三〇九七万円で、投資信託「エース」(本件証券三七)を一〇〇万円でいずれも現物取引により購入し、七月一三日、五〇〇〇万円を被控訴人に支払った。

なお、控訴人が購入した右セガ・エンタープライゼス株及び新川株はいずれも二部上場株であるが、Bは、右購入に際して、控訴人に対し、二部上場株の価格変動の推移を記載した資料を示すなどしながら株価が上昇している旨を説明して、その購入を勧誘し、控訴人も、セガ・エンタープライゼス株及び新川株はいずれも二部上場株であることを知りながら、損失を回復する目的でこれらを購入したものである。

(八) 控訴人は、平成二年七月一六日から七月二四日までの間、原判決別紙取引記録38ないし41及び45ないし48記載のとおり信用取引による株式(本件証券三八ないし四一、四五ないし四八)の購入や、現物取引による株式(本件証券四二、四三)の購入を行い、その購入合計額は、信用取引分が一億三九七八万四〇〇〇円に、現物取引分が三八二四万円に達した。また、控訴人は、七月一七日に日本航空ワラント(本件証券四四)を四七一万四八七五円で、七月二六日に住金ワラント(本件証券四九)を九三万六〇〇〇円で、七月三〇日にシンガポールファンド(本件証券五〇)を一七九万〇五七七円でそれぞれ購入したほか、七月三一日に積水ハウス転換社債三〇〇万円分(本件証券五一、五二)を購入した。右信用取引分以外の購入代金の支払いについては、現物取引により取得した任天堂株二〇〇〇株(本件証券二七)の売却代金五五八〇万円、日本石油転換社債(本件証券三一)の売却代金二一四万六〇〇〇円が充てられたほか、控訴人は、七月一六日、一八〇万円を被控訴人に支払った。一方、控訴人は、七月三一日、信用取引により購入したスター精密株一万六〇〇〇株(本件証券二八ないし三〇)を売却して一二四九万円余の差益を取得した。

なお、Bは、控訴人に日本航空ワラント等のワラントの取引を勧めるに際しては、控訴人に対し、ワラントに関する説明書を交付してワラントの法的な性質を説明したほか、被控訴人も、平成二年九月二八日ころ、平成三年九月三〇日ころ、平成四年九月三〇日ころ及び平成五年九月三〇日ころ、ワラントに関する説明書を交付している。

(九) 以上の取引がなされた結果、控訴人の証券取引による収支(支払った手数料のマイナス評価を含む。)としては、平成二年七月三一日現在、実現損益累計額がプラス二七二六万七六五〇円、評価損益累計額がマイナス二一四四万六九二五円となっており、これを合算すると損益計算としては五八二万〇七二五円の利益になっていた。ただし、平成二年三月九日に取得した阪急電鉄転換社債(本件証券二)に限ってみれば、七五〇万円の評価損が出ており、平成二年七月三一日現在の評価損の中でも突出していた。

なお、この間、控訴人が母親名義及び本人名義で被控訴人に支払った金額は一億七九三五万円であるのに対し、控訴人が被控訴人から払戻しを受けた金額は三三五五万五二五一円であり、控訴人が証券取引に投資した金額は一億四五七九万四七四九円もの多額に達している。そして、この間に控訴人が被控訴人に支払った取引手数料額は、信用取引分と現物取引分とを合算すると、六七〇万円以上に及んでいる。

5  平成二年八月期における控訴人の証券取引の状況についてみるに、控訴人は、八月一日に信用取引により購入したスター精密株一万株(本件証券五三。購入合計額は五四〇〇万円)を八月二日に売却して九七万円余の差益を取得し、同じく八月一日に信用取引により購入した堺化学株一万五〇〇〇株(本件証券五四。購入合計額は二六七〇万円)を八月九日に売却して九七万円余の差益を取得する一方、八月二日、それまで信用取引により購入していた日本鉱業株一万三〇〇〇株(本件証券一二)、タダノ株一万株(本件証券四五)及びソニー株二〇〇〇株(本件証券二六)を売却した結果四七六万円余の差損となり、八月三日に信用取引により購入したスター精密株五〇〇〇株(本件証券六二。購入合計額は二七二五万円)を八月九日に売却した結果三〇万円余の差損となり、同日、それまで信用取引により購入していたファナック株一万株(本件証券四〇、四一、四六ないし四八)を売却した結果五六七万円余の差損となった。さらに、控訴人は、八月二日、任天堂株二〇〇〇株(本件証券五六、五七。購入合計額は六〇八〇万円)を信用取引により購入し、八月三日、任天堂株三〇〇〇株(本件証券五八ないし六〇。購入合計額は九九三〇万円)を信用取引により購入した。ところが、その後、株式相場が暴落し、控訴人が信用取引により購入して保有している大末建設株二万一〇〇〇株(本件証券七)及び任天堂株五〇〇〇株(本件証券五六ないし六〇)を信用取引建株のままにしておく場合には追証が必要になる事態が生じたため、Bは、控訴人に対し、①このまま放置して追証を支払うか、②信用取引建株を現引き(現金を支払って、信用取引を現物取引に変更すること。)して、株式で保有するか、③清算して損切りするかの三方法があることを説明したところ、控訴人は、右②の方法を選択し、八月三〇日、現引きによる買付代金の不足分として一億四六七〇万円を被控訴人に支払った。

なお、八月二日及び三日になされた信用取引による任天堂株の購入は、Bから、任天堂株はまだまだこれから値上がりし、絶対に四万円までは上がるとの強引な勧誘によりなされたものではあるが、控訴人も最終的にはBの勧誘に押されて、納得のうえで購入したものであった。また、大末建設株二万一〇〇〇株(本件証券七)及び任天堂株五〇〇〇株を現引きする選択も、控訴人自身の選択であった。

6  控訴人は、その後、Bの勧誘により、平成二年一一月一日、店頭株であるサトー株(本件証券六九)を購入し、一一月九日、店頭取引に関する確認書に署名、押印し、被控訴人に対し、これを交付した。右確認書には店頭市場の性格として、「店頭市場は、証券取引所が組織化された具体的な市場であるのに対し、一定の取引場所を持たず、その売買取引は、証券会社の店頭において行われます。店頭取引は、顧客と証券会社間の相対売買であるため、同一銘柄が同一時刻に売買されても証券会社によって売買値段が異なることがあります。また、店頭銘柄は、上場銘柄と異なり、総じて小規模な会社の発行する有価証券であるため、市場性が薄く値段が大きく変動することがあります。」との記載がある。

Bは、初めて店頭取引を行う顧客に対し、確認書を交付して、顧客の署名、押印を得た上で確認書を徴収することを義務付けられていた。

7  控訴人は、その後、会社名義による証券取引をも開始することを希望し、被控訴人に対し、平成三年八月三〇日、会社名義による保護預り口座の開設を申し込み、同年九月二日、ステーキ宮株(本件証券二四二)を購入し、その後も、原判決別紙取引記録記載(ただし、右取引記録の名義欄に会社と記載のあるものに限る。)のとおり、会社の資金で証券取引を継続した。

三  判断

1  被控訴人の不法行為の成否について

(一) 断定的判断の提供等について

(1) 控訴人は、Bが本件取引において確実に値上がりするなどの断定的判断を提供したと主張し、これに沿う証拠として甲第二、三号証を提出するとともに、控訴人本人尋問(原審及び当審)において、これに沿う内容の供述をする。

確かに、Bが、控訴人に対し、本件取引を勧誘する際、本件各証券について値上がりが見込まれることを強調したという事実が存在したことは、容易に推認されるところである。しかし、一定のセールストークは投資勧誘に付きものであり、これを全て不法行為ということはできないのであり、不法行為又は債務不履行となる断定的判断の提供は、そのうち、社会通念上許容された限度を超えるものに限られる。本件において、Bの勧誘行為が社会通念上許容された限度を超える断定的判断の提供であったと認められるかについて、以下、検討する。

(ア) Bは、控訴人に対し、ライフストア株(本件証券一)や阪急電鉄転換社債(本件証券二)の購入を勧誘する際、従来の株価の動きなどを示す資料に基づいて説明するなどして、株価が値上がりする見通しについての資料に基づいて裏付けをしていたことからすれば、控訴人は、Bの説明に基づいて本件証券一、二を購入したとしても、Bの予想を信頼して投資したにすぎず、結果的にBの見通しが誤っていたとしても、それだけでBの勧誘行為が社会通念上許容された限度を超える断定的判断の提供であったと認めることはできない。

(イ) Bは、控訴人に対し、その後も、本件証券三以下の購入を勧誘したものであるが、控訴人は、Bが自信をもって推薦していたにもかかわらず、Bの推薦の言葉に従って購入したライフストア株(本件証券一)及び阪急電鉄転換社債(本件証券二)が値下がりした経験などから、本件証券三以下の購入に際しては、株価が下落して損失を被るという投資の危険性を十分に認識していたと推認され、また、平成二年六月ころからは、控訴人は、日本経済新聞を購入して株価の動向を知るなどして独自に株価の見通しを持つようになり、Bの勧誘に対して控訴人自身の見解を述べるなどしていたことなどを考慮すれば、控訴人においては、Bがある銘柄の株価が確実に上昇する旨述べたとしても、それはあくまでもBの株価についての見通しであることを認識していたと推認されるから、Bの株価についての見通しを信頼することを決めたのは控訴人自身であるというほかない。そして、結果的にBの見通しが誤っていたとしても、それだけでBの勧誘行為が社会通念上許容された限度を超える断定的判断の提供であったと認めることはできない。

(ウ) 控訴人は、Bが控訴人に対し責任を取る旨述べて被控訴人との取引を継続させたと主張し、これに沿う証拠として甲二、三号証を提出するとともに、控訴人本人尋問(原審)においてBの責任の取り方とは株価が下がらないようにすることであると考えていたと供述をする。

しかし、証券相場の下落を阻止することは、証券会社の一従業員が行い得ることでないことは容易に考え得るところであって、Bが責任を取ると述べたとしても、控訴人が、それによって誤った期待を抱いて被控訴人との取引を継続したということはできないから、Bの右発言をもって断定的判断の提供があったと認めることもできない。

(エ) 以上によれば、前記甲二、三号証及び控訴人本人尋問(原審及び当審)中の各供述を採用することはできない。そして、他にBの断定的判断の提供に関する控訴人の主張を認めるに足りる証拠はなく、断定的判断の提供による違法の主張は理由がない。

(二) 適合性原則違反について

(1) 投資家の投資は、原則として、自己責任においてなされるものであり、これによる利益は投資家自身が享受するとともに、これによる損失も投資家自身が負担することは当然のことである。

しかし、投資家の投資は、その能力、性格、財産状態や経験、投資の目的その他の事情に適合した取引である必要があり、したがって、投資勧誘もこのような実情に合致したものであることが求められ、これに合致しないような勧誘は、場合によっては、社会通念上許容された限度を超える勧誘として違法とされるべきである。とくに、信用取引は、投資家が証券会社から金銭又は有価証券の貸付け又は立替えを受けて行う取引であり、一定額の保証金によってその数倍の額の有価証券の取引が可能になる反面、損失が生じた場合、自己資金だけで取引した場合よりも多額の損失を被る取引であるところから、証券会社は、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして、信用取引の危険性を理解できないことがやむを得ない顧客又は信用取引の危険性を負担すること自体が不相当と認められる顧客に対して信用取引を勧誘することは許されないと解すべきである。

(2) 本件においては、控訴人は、平成元年ころ、その所有していた土地の用地買収により、突如として多額の投資可能な資金を有することになった者であるが、それ以前には証券取引の経験がなかった者であるところ、Bは、こうしたことを十分に知悉したうえで、控訴人の証券取引経験のない点は重く見ず、控訴人が突如として多額の投資可能な資金を有することになったことを重視して、控訴人に対し、熱心に証券取引を勧誘して原判決別紙取引記録記載の一連の証券取引を開始させるに至ったものであり、仮にその勧誘の言辞自体には断定的判断の提供等の違法な点は必ずしも認められないとしても、控訴人が証券取引を開始してから急速に多額の証券取引を行うに至った態様は、健全な社会通念に照らした場合には、異常ともいえるものであり、特に、①平成元年一二月に投資信託「ステップ」を購入し、平成二年三月にライフストア株(本件証券一)及び阪急電鉄転換社債(本件証券二)を購入しただけの証券取引の経験しかない控訴人に対し、信用取引の開始自体は現物取引に必要な多額の資金を投入したくないという控訴人の意向に沿ってなされたものであるとしても、控訴人の証券取引に対する経験の浅さからして信用取引を勧誘するのはいかにも早過ぎるとの誹りを免れないものであり、②控訴人が証券取引を開始した平成二年三月九日から僅か五か月の間に母親名義及び本人名義で被控訴人に支払った金額は一億七九三五万円の高額に達しており、控訴人が被控訴人から払戻しを受けた金額三三五五万五二五一円を差し引いても、控訴人が証券取引に投資した金額は一億四五七九万四七四九円もの多額に達しているうえ、この間に控訴人が被控訴人に支払った取引手数料額は、信用取引分と現物取引分とを合算すると、六七〇万円以上に及んでおり、そして、③平成二年八月二日及び三日に信用取引により購入した任天堂株五〇〇〇株(本件証券五七ないし六〇)の取引は、信用取引によるとはいえ、一銘柄に対して合計一億六〇〇〇万円余を投資するというものであって、それまでの信用取引による購入の態様が、最も多額の投資の場合でも一銘柄に対して四、五〇〇〇万円程度(本件証券一三、一四の任天堂、一五、一六の大東建託、二一、二二のスター精密、四〇の四一のファナック、四六ないし四八のファナック)、あるいは七〇〇〇万円程度(二八ないし三一のスター精密)であるのに比べると、さらに危険性の高い取引であったことなどの点を勘案するならば、控訴人には一定の範囲内の信用取引であればこれを行う資金的余力があったとはいえ、少なくとも、控訴人が証券取引を開始するに至った当初の勧誘から平成二年八月二日及び三日に任天堂株五〇〇〇株(本件証券五六ないし五九)を購入させたころまでのBの勧誘行為については社会通念上許容された限度を超える違法な勧誘であると認めざるを得ない。

なお、Bの控訴人に対する平成二年九月以降の勧誘は、控訴人が、平成二年八月二日及び三日に購入した任天堂株五〇〇〇株(本件証券五七ないし六〇)等の信用取引建株を株式で保有することを選択して、現引きのための不足金として一億四六七〇万円を被控訴人に支払った以降になされたものであって、控訴人としては、信用取引の危険性を十分に認識した後のことであるところから、Bの勧誘に対しても控訴人自身の判断で対応し得るだけの経験と能力を備えるに至ったと認められるうえ、平成二年九月以降の証券取引にあっては、控訴人が新たに投入した資金の金額が、控訴人名義によるもの及び会社名義によるものを含めて、それまでに投入した資金の金額に対比して控えめであること、などを勘案すれば、必ずしも社会通念上許容された限度を超える違法な勧誘であったものとまで認めることはできない。

(三) 説明義務違反ついて

(1) 転換社債について

投資家は、上場された転換社債の価格の値動きを利用して、転換社債自体の時価が上昇した場合にこれを売却して利益を出すことができるが、これを売却せずに保有し続ければ、満期時に額面が全額償還される。このように転換社債の取引の危険性は極めて小さいから、証券会社が顧客に対し転換社債が右のように安全な商品であることや満期時に償還を受けるために必要な手続が存在することについての説明を怠った結果、顧客が安価で売却してしまったり、満期時に償還を受ける利益を喪失したなどの特段の事由がある場合についてのみ、証券会社は、顧客に対し、説明義務違反を理由に損害を賠償する義務を負うと解される。

本件においては、右特段の事由について主張立証がないから、控訴人の主張は失当である。

(2) 信用取引について

信用取引は、前記(二)(1)記載の危険性を伴う取引であるから、証券会社が顧客に対しそのような危険性について説明せず、その結果、顧客が信用取引の危険性について十分理解しないまま無警戒に取引を拡大して予想外の損失を被った場合、証券会社は、顧客に対し、説明義務違反を理由に損害を賠償する義務を負う。

本件においては、Bは、控訴人に対し、信用取引を勧誘する際、被控訴人の融資により購入する株式の一割の資金で証券取引ができること及び六か月以内に決済する必要があることを説明したというのであり、控訴人は、右説明により、信用取引の決済の時点で残り九割の資金を入金する必要があり、証券が値下がりした場合に生じた損失については決済時にこれを清算する必要があることを十分理解できたといえる。

また、控訴人は、その後、任天堂株(本件証券五六ないし五九)の購入以前は信用取引を極端に大幅に拡大するまでに至らず、信用取引により損失を被ることもあったが利益をあげたこともあり、平成二年七月三一日の時点では取引全体として損失を若干上回る利益を得ていたから、少なくとも、その時点では、信用取引の危険性について十分理解できていたと推認される。

したがって、信用取引を行うこと自体については、Bの説明義務違反を認めるに足りる証拠はないし、また、仮に、Bに説明義務違反が認められても、右説明義務違反と控訴人の損失がいったん回復した後の取引である右任天堂株の取引及びそれ以後の信用取引による損害との間には相当因果関係を認めることができないから、控訴人の主張は理由がない。

(3) 二部上場株式について

Bは、控訴人に対し、二部上場株の価格変動の推移を記載した資料を示すなどして株価が上昇している旨の説明をし、控訴人は、二部上場株と知って、新川株(本件証券三四ないし三六)、セガ・エンタープライゼス株(本件証券三二、三三)及びエース(本件証券三七)を購入したというのであるから、Bに説明義務違反は認められない。

(4) ワラントについて

控訴人は、Bから、ワラント取引の勧誘を受けた際、ワラント取引の仕組み及び危険性についての説明を受けなかった旨供述する。

この点について、Bは控訴人が日本航空ワラント(本件証券四四)を購入した直後にワラント説明書を交付し、控訴人は右説明書を読んだこと、控訴人は、平成二年八月三日、外国新株引受権証券の取引に関する確認書に署名・押印していることからすれば、控訴人がBからワラントについて何らの説明も受けなかったというのも納得しにくいのであって、控訴人の供述が、Bが控訴人に対しワラント取引を勧誘する際ワラント取引の仕組み及び危険性について十分説明したとするBの証言と対比して、より信用すべきものと認めるのは困難というほかない。そして、他に控訴人のこの点についての主張を認めるに足りる証拠はないから、右主張は理由がない。

(5) 投資信託について、

控訴人主張の事実を裏付けるに足りる証拠がないから、控訴人の主張は理由がない。

(6) 店頭取引について

控訴人は、被控訴人に対し、平成二年一一月九日、店頭取引に関する確認書に署名・押印してこれを交付しており、右確認書には、店頭市場の性格として、「店頭市場は、証券取引所が組織化された具体的な市場であるのに対し、一定の取引場所を持たず、その売買取引は、証券会社の店頭において行われます。店頭取引は、顧客と証券会社間の相対売買であるため、同一銘柄が同一時刻に売買されても証券会社によって売買値段が異なることがあります。また、店頭銘柄は、上場銘柄と異なり、総じて小規模な会社の発行する有価証券であるため、市場性が薄く値段が大きく変動することがあります。」との記載がある。

店頭取引は、右書面を読めば十分にその特徴及び危険性を理解でき、疑問があればこれを証券外務員に確かめるなどできるから、控訴人に対する店頭取引の説明としては、右書面の交付で十分である。

控訴人は、Bから、店頭株であるサトー株(本件証券六九)を購入するよう勧誘を受けた際、店頭取引について何ら説明を受けていない旨供述する。しかし、Bは、店頭取引に関しては、店頭取引をする顧客に同取引に関する確認書を交付し、顧客の署名・押印を得てこれを徴収することを義務付けられており、控訴人についても、現実に、サトー株の購入を勧誘した直後に、店頭取引の危険性を記載した書面を交付したのであるから、勧誘の時点において、その直後に明らかになる事実を告知しなかったとは考えにくく、控訴人の右供述部分を採用することはできない。

その他に、控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人の主張は理由がない、

(四) 不実の表示について

控訴人は、Bから、仕手筋の情報によれば仕手戦が行われているので数日中に必ず値上がりする旨述べられたと主張する。

しかし、Bから値上がりすると述べられたとする甲第二、三号証の記述は抽象的であって採用できないし、他にBが控訴人に対して仕手筋の情報によれば仕手戦が行われているので数日中に必ず値上がりする旨述べたと認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人の主張は理由がない。

(五) 過当取引の勧誘について

控訴人は、原判決別紙回転率表記載のとおり本件取引において回転率が七を上回ること、保有期間が数日の証券が非常に多いこと、原判決別紙手数料一覧表記載のとおり、被控訴人に支払われた手数料が控訴人の投資額全体の二四パーセントを占め、手数料に取引税、消費税、源泉税等の全経費を合わせると控訴人の投資額の四九パーセントに及ぶこと、などの事実から、被控訴人又はBが控訴人の利益の犠牲の下に自己の利益を図った事実が推認されると主張する。

確かに本件取引はきわめて多数回に及んでおり、過当取引の疑いがないわけではないが、控訴人が信用取引において行った投資は、事後的にみれば予測が誤っていたことがあったとしても、投資勧誘及び投資行為の時点で全く不合理な予測に基づくものであったと認めるに足りる証拠はないから、控訴人主張の事実だけから被控訴人又はBが控訴人の利益の犠牲の下に自己の利益を図った事実を推認することはできない。その他に被控訴人又はBが控訴人の利益の犠牲の下に自己の利益を図ったことを認めるに足りる証拠はない。

よって、控訴人の主張は理由がない。

(六) 結論

以上によれば、本件におけるBの被控訴人に対する本件証券取引の勧誘行為のうち、控訴人が証券取引を開始するに至った当初の勧誘から平成二年八月二日及び三日に任天堂株五〇〇〇株(本件証券五六ないし五九)を購入させるころまでのBの勧誘行為については、適合性の原則に違反する限度において、社会通念上許容された限度を超えた違法な勧誘であったものと認めるのが相当である。

2  控訴人の損害について

(一) 控訴人は、Bの違法な勧誘行為により被った損失として、①控訴人が被控訴人に対して支払った入金額から控訴人がその後に払戻しを受けた金額を差し引いた二億五七一二万五四一八円(原判決別表1ないし4記載のとおり)、②代替土地購入のために銀行から借り入れた借入金利子三五四九万〇五五〇円、③慰藉料二〇〇万円、④弁護士費用一五〇〇万円を主張する。

(二) しかしながら、控訴人は、Bの勧誘により開始した証券取引により、少なくとも平成二年七月三一日現在では現損益累計額がプラス二七二六万七六五〇円、評価損益累計額がマイナス二一四四万六九二五円で、これを合算すると損益計算としては五八二万〇七二五円の利益になっており、若干ではあるが利益を出していたものであり、また、平成二年八月三日の任天堂の取引のころまでのBの勧誘行為によって取得したと認められる証券に関してその後に現実化した損失についても、控訴人の処分行為が介在しているため、その後にその証券取引により控訴人に生じた損失をそのままBの不法行為と因果関係ある損害であると認めることは相当でない。

また、Bの違法な勧誘行為に対しては、控訴人としてもこれを拒絶する自由を有していたものである(拒絶の自由が奪われたと推認できるような証拠はない。)から、相当大幅な過失相殺がなされてしかるべきである。

ちなみに、原判決別紙取引記録の記載によれば、平成二年八月三日の任天堂の取引のころまでのBの勧誘行為によって取得したと認められる証券に関してその後に現実化した損失の主なものは次のとおりである。

(1) ライフストア(本件証券一) 四七一万円余

(2) 阪急電鉄(同二) 八六五万円余

(3) 大末建設(同六~八) 六三七万円余

(4) 新川電気(同三四~三六) 一三六六万円余

(5) 東京製鐡(同四二、四三) 八六二万円余

(6) リコー(同五五) 七〇二万円余

(7) 任天堂(同五六~六一) 六五四八万円余

そして、平成二年八月三日の任天堂の取引(原判決別紙取引記録の番号61)及び同月中のそれに直近した日の取引(同番号62、63)までに控訴人が現物取引及び信用取引により取得した証券に限って、その損益収支をみると、本判決別表のとおり、その額は七六〇〇万円弱の損失(ただし、株価等のみから算出し、手数料を含んでいない。すなわち、本判決別表は、埋単価と建単価の差額に株数を乗じた計算式である。また、原判決別紙取引記録と異なり、本判決別表では、番号2、31、44、49ないし52、55はCBあるいはワラントであるため株数を1として計算し、番号7と8、42と43は購入日の株数と売却日の株数が異なるため売却日ごとに計算し、番号44のワラントは権利行使期間内に権利行使をした形跡がないので購入金全額を損害として計算し、番号60、61については、無償増資で得た株式であると推認されるので取得価額は零円で計算した。)となっている。

(三) 以上の点及び前認定のあらゆる事情を総合勘案するならば、控訴人が本件証券取引によって被った損害のうちBの違法な勧誘行為と相当因果関係のある損害としては、右に計算した七六〇〇万円弱に右計算に含んでいない手数料の支払いによる損失があることも考慮すると、少なくとも七六〇〇万円はあると認めるのが相当であり、控訴人の前記の過失をしんしゃくして七五パーセントの過失相殺をすれば、被控訴人に支払いを命ずべき損害賠償金としては一九〇〇万円となり、また、被控訴人に支払いを命ずべき弁護士費用としては二〇〇万円と認めるのが相当である。

なお、代替土地の購入による税金対策は本来控訴人の判断と責任においてなすべきものであって、代替土地の購入が法的に強制されるべきものではないから、購入資金の借入れのための銀行金利等は被控訴人の賠償すべき損害に加えることは相当でなく、慰藉料についても右一九〇〇万円の金銭賠償に加えてこれを認める必要性は認められない。

3  消滅時効について

被控訴人は、控訴人が平成三年四月一二日までに購入し、売却して損害が発生した分については、控訴人は、同日、その損害を知ったものであるとして、消滅時効を主張するが、本件における不法行為は、Bの違法な勧誘により控訴人が開始した一連の証券取引に対するものとして捉えるのが相当であるから、控訴人が損害を知った日については控訴人が被控訴人との証券取引を終了させて口座への出入りが終了した平成五年四月であると解すべきであり、被控訴人の消滅時効の主張は理由がない。

四  よって、控訴人の本訴請求は、損害賠償金一九〇〇万円及び弁護士費用二〇〇万円の合計二一〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年六月二二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから棄却するのが相当であるから、これと結論を異にする原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官 杉本正樹)

〈以下省略〉

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